arigamin:


fukumatsu:

stratums:

garp07:
silverscythe:


itsy:


kidskidskids:

b7kmkr:

fuckyeahrandomstupidity:

でもダメだったな。

やっぱりダメだった。

練習の成果は出てたけど、そんなもんに頼ったプレイは<日頃練習してる自分って好き!>って醜さばっかりだった。

あーやだやだ。

ヤメヤメ。


必要ないことなるべく禁止!


ボケーッとしたりレコード掘ったりすんのは楽しいから必要!


人の猿真似とか弱気はダセーから不必要!


松井選手は素晴らしいから野球に必要!


練習にとらわれたギターソロは不必要!

silverscythe:


liefujishiro:


suyhnc:


ona:


luft2501:


chaosszap:


marsiouxpial:

Way to Kasuga Shrine by Yoshida Hiroshi (1938) (via gwashley)

silverscythe:

liefujishiro:

suyhnc:

ona:

luft2501:

chaosszap:

marsiouxpial:

Way to Kasuga Shrine by Yoshida Hiroshi (1938) (via gwashley)

“寿司職人もオナニーしてるという現実を忘れないでほしい”
“そーいや、昔、超きびしく育ててくれた上司が、
 
「いきなり外人に呼び止められて、てめーが住んでる街を案内しろって言われても、即座に案内できるようになっとけ。接待で行く店がたとえ初見でも、客から『で、なにがお勧めなの?』っていわれたら、即座にメニューから料理名を3つ出せるように自分を鍛えておけ、ぼけ」
 
と、よく言ってましたな。
 
で、そのトレーニングは、無駄どころかきわめて有効だったと思います。”

現代では、一般に「お寺」=(イコール)「お葬式」と言うイメージが強いですが、もともとお寺は、近所の住民の寄り合いの場所であり、地域の中心でした。

現代の皆さんが、アイドルや漫画のキャラクターを好きなように、テレビや雑誌が無かった時代は、お寺で祭られる神々を人々が敬愛していました。

了法寺では、昔のように人々に愛されるお寺を、現代的な方法で再解釈し、怖くて近寄りがたいお寺ではなく、皆さんが楽しく利用できるお寺を目指し、がんばっています。

88 名前: 仕置きの女2 投稿日: 02/03/06 00:46 ID:taA7Na2X
»78
「今」という時期に特に意味はないです。
最近、三億円事件やグリコ森永みたいな未解決事件に興味を持っていて
その流れのやじ馬根性に過ぎない。

自分が伊丹の死に関して最初に疑いを持ったきっかけは
古畑任三郎の津川雅彦の回を見たことだろう。
この回の古畑はとても奇妙だった。
まず古畑のシリーズでおそらく唯一の人が死なない回であり、
最初に犯行シーンを視聴者に公開する、おなじみの倒叙方式をあえて崩し、
ドラマは一見平和に淡々と流れていく。
クライマックス前、背景が暗転し古畑が視聴者に振り向き
語りかけるシーンで古畑は言う。
「今回の物語、ほんとは最終回に持ってきたかったのですが…」

この物語の真意はマルタイの女を見ていて、かつ三谷がマルタイの製作に
携わっていたことを知っている人でなければわからないだろう。
詳述は避けるが、三谷幸喜はこの物語を通じて自殺した伊丹に
語りかけようとしたのである。
公の場でマルタイにおける津川の自殺シーンと伊丹の自殺の類似について
言及したのは三谷ただ一人である。

伊丹十三は何故…? (via cokeraita) (via nosouth) (via pipco) (via ak47) (via pdl2h) (via petapeta) (via zypressen) (via konishiroku) (via kml) (via mediapicnic) (via takaakik) (via noboko) (via oosawatechnica) (via yagik) (via kuwataro) (via otsune)
“というかもう、サブカルって完全にオッサン文化じゃん? 業界に入って十代の頃あこがれてたあの人と仕事しよう! みたいな悪循環のおかげでさ。紀伊国屋のサブカル棚行くと吐息でネットですよー。”
Twitter / kossetsu: というかもう、サブカルって完全にオッサン文化じゃん? …
書店のサブカル棚は著者見ると10年ほど面子が変わってない感じ (via kanose) (via yuco) (via tooola) (via uessai-text) (via aerodynamik) (via jinon) (via noboko) (via otsune)

秋の新宿駅埼京線ホーム。「あなたとは終わりよ。だって…」。彼女の言葉は僕の耳に吸い込まれる直前で発車ブザーに弄ばれ、それから永遠に喪われてしまった。彼女は初めて出会ったときの言葉を覚えているだろうか。僕はいまでもはっきりと覚えている。彼女はこう言ったんだ。「あなたはずっと前から出会うって決まっていた運命の人なの」。

 すこし肌寒い秋の夜になると彼女を思い出してしまう僕は情けないやつに見えるかもしれない。仕方ない。僕は僕にはそういう側面があるって僕自身で認めている。女の子は現実的な考えをする生き物だ。それゆえ古今東西の男の子は古今東西の女の子の、手品のような、魔法のような、予想もつかない言葉、行動に振り回されたりするのだ。でも僕は女の子特有の現実主義に勝機はあると考えていたんだ。

 通り過ぎる女性たちが振り返ってしまうほどルックスに優れ才能に溢れ多くの名声を持つ僕と彼女の周りにいるボンクラをなにかのきっかけで冷静さを取り戻し天秤にかけた彼女が僕のもとへ戻ってくる可能性は高いと僕は信じていた。実際、僕は恋人として誠心誠意尽くしたはずだし、致命的な喧嘩をした記憶もない。彼女の気分がまわり続けるカレイドスコープの模様のようにコロコロと変わりつづけていて、まだ僕といたときの模様へ回復できないでいるだけなのだ。カレイドスコープの模様が同じ模様を描く可能性がどれくらいのものなのか僕にはわからないけれど。

 彼女は僕の信心と予想を裏切り、僕のもとへ戻ってくるどころか、電話の一本、メールの一通もよこさなかった。そんなときだ。皮のつなぎを着たタイムマシンちゃんが僕のところにやってきたのは。オリオン座流星群を眺めていた僕の前にタイムマシンちゃんはプリウスに乗ってやってきた。タイヤの焼けたゴムのねばっこいニオイの湧き上がりと白煙の立ち昇りの向こうから悠然と現れたのが、裸にダイレクトで皮のつなぎを着て、こすれていまにも悲鳴をあげそうなほど悲痛に赤色な乳首が先端にあるオッパイぼよよんの金髪碧眼タイムマシンちゃん。

 その非現実性がかえってタイムマシンちゃんの言う「タイムマシンで自由に未来と過去を行き来できる」ってコミックみたいな台詞のリアリティを補強していた。僕がタイムマシンを使ってみたいというと「じゃあ」と鶯谷のヘルス嬢のようにかぱっと服を脱ぎ裸になり四つんばいになったタイムマシンちゃんは「あたしのヴァジャイナにピナスを突っ込めばタイムゲートは開くわ。一度腰を打ち付けるたびに一日分時間を遡れるわ」と言った。「未来に行くにはどうすればいい」と訊くと「簡単よ。正常位でピストンすればいいの」。

 三度の中折れに負けずに660回ほどピストンして660日ほど過去へ飛ぶ。二年前の晩秋。場所は新宿駅。午後11時。僕と彼女が最後の場所だ。いた。僕とあの子だ。いかにも善良って感じの僕に別れを告げる冷血ビッチ。あーあ昔僕は今にも涙で爆発しそう。情けない。イライラする。あ、別れた。思ったよりあっさりしてるな、って呆気にとられていると彼女が何事もなかったように携帯をピコピコやりながら歩いてくる。きっと年齢を十ほどごまかして援交相手でも探しているんだろう。後ろにいる僕はいまにも新宿駅に溶けてしまいそうだ。死んでしまいそうな顔しているけれど死なないから安心。僕は何かに押されるように彼女のところへ走っていた。

 彼女の目を見開いた驚き顔。背中においてきたはずの人間が自分の正面から現れたらそりゃ驚くわな。「何か用?」「うっせー。ブス。てめー何様だと思っているんだ馬面。馬なら馬らしくニンジン詰まらせて窒息して死ね。お前よりいい女なんてな日本だけで6000万人はいるわ。二度と街から出てくるな。駅のホームやデパートの階段では後ろに気をつけるこったな。はははザマーミロ。一生呪ってやるからなザマーミロ!」。

 それから僕はタイムマシンちゃんを何千回かバックで突いて20年前平成元年の夏へ飛んだ。小学校の校門から小学6年生の彼女が出てくる。変装セットで素顔を隠して彼女に近づきハローワークで撮った証明写真を見せながら声をかけた。「おじょうちゃんこの写真のお兄さんが将来おじょうちゃんの恋人になる人だ。おじさんは未来からやってきたから知っているんだ。信じられないかい?じゃあ今年の日本シリーズの結果を教えてあげるね。もしこの結果が当たっていたらおじょうちゃん、この写真のお兄さんのことを好きになるんだよ。いいね?ジャイアンツとバッファローズが戦って4勝3敗でジャイアンツが優勝。しかも3連敗からの大逆転だよ。もしおじさんの言うことが当たっていたらこのお兄さんが現れるまでほかの人を好きになっちゃ駄目だよ。もしほかの人を好きになったらおじょうちゃんは自動車にひかれて首ちょんぱになってしまうんだ。いいね?」。幼い彼女に写真を渡した僕は道路の真ん中で仰向けになっているタイムマシンちゃんに覆いかぶさって腰を打ちつけた。大きな声で泣く少女の周りには人が集まり始めていた。